いつの時代も将来を担う子供たちの存在は大変重要である。林業における子供は、いわば『苗木』といえる。現在、日本の林業では「ドイツ林業」を目指す傾向があると強く感じられる。更新について考えてみると、ドイツでは天然更新を可能としている。しかし、日本では降水量、日照時間、平均気温等、それらの差が雑草の成長を大きく促すことにより、ドイツのような天然更新を困難なものにしている。
そういった日本の風土を考え先人達は山から種子を採取し、畑で苗木を育てることにより、更新を可能にしてきた。
日本の社会構造の変化と基幹産業としての林業の凋落により、近い将来、安定的に苗木を確保することが容易ではないことについて考えてみたい。
近代日本史における日本の森林は二度にわたり危機があった。
最初は幕末から明治にかけての時期、政治的に混乱が続き森林所有者が不透明になる中、富国強兵や近代化に伴う木材需要の増大に応えるため、乱伐した結果が招いた危機。
二度目は、第二次世界大戦前後の時期、燃料や資材の輸入がままならない中、国内の樹木を大量に伐採したことによる危機である。
いずれの危機も伐採だけに特化した政策により、成長量を無視したことが、林齢の分布バランスの崩壊を招いた。森林が減少し林地崩壊や土砂流出等、予想もしない災害が国土の荒廃を招いた。
その後、戦後の急速な経済復興と共に復旧造林が行われ、昭和29年には全国で43万ha、昭和35年頃からは経済成長に伴う木材需要の増大により広葉樹がパルプ材として伐採された。拡大造林政策として伐採地には、スギやヒノキだけを植栽し、その面積は41万haにも及んだ。しかし、ここで最も深刻な危機を迎えようとしている。
戦後植栽された、これらの莫大な面積の森林は、保育を怠ったため過去に類を見ない
蓄積量を誇り、それは過密・荒廃林としての存在を確かなものとしてしまった。これが、
伐らないことによる日本の森林の危機である。
この10年間、間伐だけを行ってきた。しかし更新を必要とされる主伐が陰をひそめたことにより、苗木の需要が激減した。
苗木の市場が大きく縮小したことにより、業としての魅力も低下し、苗木生産者も減少の一途を辿った。苗木の存在には誰もが関心を持っていないようだが、苗木を山に植えるまでには種子を採取し、2回から3回の床替えを経て、3年の歳月を要するのである。
持続可能な林業経営を構築するカギは、小規模皆伐による循環型施業ではないでしょうか?
過去を振返ると、今まで日本の森林が循環してきたのは、紛れもなく苗木という小さな命のおかげだと思います。
わが子も誕生してきたときは、僅か2800gの小さな命でした。四歳になった今、18㎏になりました。これから先幾多の困難や色々な経験を積み重ね、やがて大人になって行くことでしょう。
巨木となって森の母となった樹もその始まりは、1㎝に満たない小さな芽でした。
人も森も始まりは、小さな命の誕生からです。数十年の時を隔てその小さな命は、森の母となり大きな恵みを与えてくれることでしょう。
主伐による森の更新を行わない限り、新たな命の苗木の需要は生まれてきません。その需要こそが、苗木を丹精込めて育て上げる生産者へのエールなのです。
子供は国の宝であり、苗木は森林の宝である。日本の森林の将来を担う子供たちに希望を託し、持続可能な林業経営を行っていきたい。